父の布団

私の実家は平成元年に引っ越したのだが、それまでは岩谷堂向山という所に建っていた。

そこはまさしく地名どおり、町からだらだらと砂利道の坂を登り切った山の上にあって、

昔、その坂は伊手坂と呼ばれていたらしい。

家の北側は道路を挟んで市営住宅が連なっており、南側は深い谷になっていて森が広がっていた。

やがてその昼間でも暗い深い谷底が切り開かれて道路になり、上部が広い住宅地になったことから、

工事のため実家が立ち退きになったわけだが、深い谷と森を目にするたびにそんな日が来るとは

当時は思ってもいなかった。

その静かな山の上の家にずっと住み続けるのだと勝手に思い込んでいた。

 

実家は引っ越すまでに、子ども部屋や水回りなど何度か増改築をしてだいぶ住みやすい家になっていたが、

小学生の頃は、今のように断熱材が使われているわけでもなく、トタンの波板と木材を組み合わせただけのような

家の隙間から雪が吹き込むような寒い家だった。しかも当然ながらエアコンはなく、

反射式ストーブが居間にあっただけで寝室はすごく寒かった。

もちろん布団も羽毛などではなく、綿入りの重たい布団で体はなかなか暖まらなかった。

 

真冬の朝方、寒くて目が覚めると決まって潜り込むのは父の布団だった。

父の布団はいつも暖かかった。

そこから私はまた安心して、少し眠ることができた。

だから夏場はともかく冬に父が泊りがけの出張で家を留守にする日があると、

父の帰りがただただ待ち遠しかった。父がいるだけで安心感があった。

私はそんな父親になれなかった。身近にこんなにお手本になる父親がいたはずなのに。